レジリエンス☆がん専門の精神科外来

「5年生存率5%」のがん患者が、がん専門の精神科医と共に歩んで来た「絶望の淵から希望の星まで」の道程

レジリエンス外来.68

レジリエンスの力は誰にでもあります」

清水先生は、そう断言します。

それは、医学的にも証明できることなのでしょう。

ただ、

レジリエンスの力を持っている」

ということと

レジリエンスの力を使える」

ということは、違います。

力、エネルギーは、

発揮する方向、ベクトルによって、

その力、エネルギーが本来持っているはずの

「威力」ともいうべきものも変わると思われます。

「威力」が変われば、その力がもたらす、生み出す

「効力」が変わることも、また「必然」です。

精神腫瘍医は、

患者が持つレジリエンスの力を、

その患者の「幸せ」に向かうように導きます。

レジリエンスの力のベクトルを、

その患者の「幸せ」に向かうように導きます。

体験した者ではなければ、

上手く伝わらないかも知れません。

それでも、どうして伝えたくて、伝えたくて、

ここに記し続けています。

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レジリエンス外来.67

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もちろん、人生に勝ち敗けはありません。

けれども、

「自分の身体は、けしてがんに勝つことは出来ない」

と知った時の敗北感は、

人を俯かせるには充分だと思います。

いや、膝を屈してしまいかねません。

かつての私のように。

幸いなことに、私は国立がん研究センター中央病院の患者なので、精神腫瘍科の清水研先生と出会うことができました。

ほんとうに、幸いなことに。です。

なぜなら、精神腫瘍科のない病院も沢山あります。むしろ、精神腫瘍科がない病院のほうが多いのです。

もしも、私が清水先生と精神腫瘍医と出会うことがなかったならば、私はどうなっていたでしょうか?

もしかしたら、私は、今ごろは、この世に居なかったかも知れません。

人は絶望感だけでも命を失ってしまう。

あの頃の自分の世界を振り返ると、

そんなことを考えてしまいます。

そう思うからこそ、

精神腫瘍医の存在をがん患者やその家族に知らせたい。

私は、そう思うのでしょう。

レジリエンス外来.66

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扉が開く毎に、別の「物語」が飛び込んでくる。

こうまとめてみれば、レジリエンス外来の現場は美しいもののように思うことができるかもしれません。

しかし、その「物語」の多くの語り始めは、

「後悔」から始まることが多いのではないか。

そのように思われます。

そもそも、レジリエンス外来に来る患者の多くは、

「治らないがん患者」です。

あるいは、がんで未来を奪われた患者や家族、です。

そりゃそうです。

「治るがん」ならば、自分に希望が持てます。

なにしろ治るのですから、がんが身体から無くなった後の明日を描くことができます。

そんな患者や家族には、レジリエンス外来は無用です。

しかし、命はもちろんですが、 がんで身体の一部、あるいは身体の機能を失った場合でも、本人も家族も、予定していた未来を、がんに奪われてしまったことになります。

つまり、身体は、がんに負けたことになります。

がんになってしまった事実を変えることはできません。

そのがんに、未来を奪われる事実を変えることはできません。

誰にもできないのです。

けれども、精神腫瘍医にだけは、できることがあります。

精神腫瘍医は、身体ではがんに負けた患者を、心では勝たせることができるのです。

それはがん患者の大きな救いになります。

人は必ず死にます。

しかし、

敗北の中で死んでゆくことと、

勝利の中で死ぬことには、

天地ほどの違いがあります。

だからこそ、精神腫瘍医は、がん患者とその患者の最後の希望なのです。

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レジリエンス外来.65

本が出版されてしばらくしてからのことです。

清水先生から私たち宛に「嬉しい報告メール」が届きました。 

「人生でほんとうに大切なこと」の本を読んだ出版者の方から、「生きることについて考えるような本を出しましょう」というお手紙をいただきました」

というメールです。

メールには、野本有莉さんの美しい文字で書かれたお手紙がPDFで添付されていました。

「朋あり、遠方より来たる また 嬉しからずや」

まさに、志を同じくする、そう、同志が声をあげてくれたことに、私たちのチームは歓喜に沸きました。

「この本は、がんの本ではない」

「この本は、可哀想な人たちの本ではない」

「この本は、未来のために必要な本だ」

私たちが、稲垣麻由美さんに託したことを、

稲垣麻由美さんが、着実に確実に込めた想いを、

私たちが、望むとおりに受け止めてくれた人がいた。

そのことがほんとうに嬉しく思われたからでした。

それから、清水先生と稲垣さんと野本さんの間で、

どのようなやりとりがあったのかは、まったく知りません。

ただ、清水先生から、

「あとがき」に、千賀さんや稲垣さん、「人生でほんとうに大切なこと」を書きたいのだけれども、問題はないですか?」

という問い合わせをいただきました。

もちろん私には、問題ありません。

「千賀さんに共感する多くの人の輪を原動力に」

「がん患者やその家族の心(精神)が、すこしでも、安らかなものになるならば、どれほどの人が救われるだろう。精神腫瘍医の存在を、患者や家族に伝えたい」

その想いの中心に私がいたのは、

私がその「証拠」だったからでした。

「死ぬことばかり考えていた千賀さんが、生きることを考えるようになった一部始終を、私は見ていました」

応援団長の大澤さんは胸が熱くなるような笑顔で、力強く断言します。

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レジリエンス外来.64

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もしも私が「清水先生が座る席」に座ったとしたら。

つまり、患者ではなく、ドクターの席に座ったとしたら。

世界は、どんな風に見えるのだろうか?

私はそんなことを想像してみます。

扉が開く度に、別の患者が現れます。

つまり、扉が開く度に、別の物語が語られます。

清水先生の、精神腫瘍医の外来に来る患者は、

治ることなど、求めてくることはないでしょう。

生きることさえ求めてはいないかも知れません。

私がそうだったように。

がんは死ぬまでに時間を持つことができる病気です。

死と向き合うことに時間を持つことができる病気です。

自分をどう始末すれば良いのか?

患者は救いを求めてくるのです。

私がそうだったように。

清水先生は、そんな患者に寄り添って言います。

「あなたの物語を聴かせてください」

そうです。

清水先生の席からは、沢山の「物語」たちが見えます。

しかも、一つとして同じ物語などありません。

そして、それらは、

その人が「生きた証」の物語なのです。

どれもが眩いばかりに煌く「命の物語」です。

清水先生は3500を越える数の「命の物語」を、

聴いてきたのでしょう。

そして、人が自分の命の物語を語ることで、

レジリエンスの力を発揮して自ら救われる瞬間に

立ち会ったのかも知れません。

がん専門の精神科医精神腫瘍医

死と向き合う患者に寄り添うことは、

大変な努力が必要なことかも知れません。

けれども、辛いことばかりでは無いのかも知れません。

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レジリエンス外来.63

未来は、明日から始まるものではありません。

未来は、今から始まるものです。

今を生きることが、未来を生きることなのです。

死ぬまでは、生きることができるのです。

別れの時が来るまでは、一緒にいることができるのです。

そのことを、金井師と清水先生から学びました。

金井師からは、日本の歴史と伝統芸能のなかから日本独自の死生観を学びました。

清水先生からは、精神腫瘍学というアメリカで生まれて間もない学問を通じて、というよりも、がんという病気独特の死生観を学びました。

がんは、部位や進行程度にもよりますが、死ぬまでに時間に余裕がある病気です。

例えば、私の5年生存率は5%です。

つまり、私の病状の過去であれば、過去の5年間で100人のうちで5人しか生き残ったことが事実です。

けれども、生きるか死ぬかは、半々です。

つまり、5年生存率は、誰でも50%なのです。

それが私がたどり着いた「死生観」です。

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レジリエンス外来.62

能楽師は能面を依代にして、死者の霊魂を憑依する。

そして、その死者の人生を能舞台の上で生き直す。

そうやって能楽師は死者との対話を繰り返す。

能楽師は、「あの世」と「この世」を行き来する。

清水先生のレジリエンス外来を受診した時に、そんな変なことを考えていたのは、がん宣告、というより、「5年生存率5%」という宣告を受けてから、「死ぬ」ということを常に考え続けていたからかも知れません。

常に考え続けていたのは、常に痛みがあったからです。

医療麻薬で痛みは抑えられているはずです。

しかし、それでも痛みがやってきます。

身体の中心部の痛みは、「死」を意識させます。

けれども、以前と違い恐怖心はあまり感じなくなっていました。

「人は知らないことを怖がるものです」

清水先生がそう教えてくれたおかげです。

そして「今を生きる」ということに気づいたからです。

そんな私の変化を間近で見ていたのが、清水先生でした。

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