コントレイル.86
清水研先生との「人生でほんとうに大切なこと」談義は、坂本竜馬に飛びます。
人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話
「そうなんです。カッコいいんです」
私も応えます。
「世に生を得るは事を成すためなり。カッコいい」
清水先生と私は笑います。
「そのうえに、
「世の為、他人の為になることをやることが良い」
みたいで、さらにカッコいいんです」
清水先生が相槌を打ちます。
「それでいろいろと悩むわけですね」
「はい。
もしも、私(わたくし)の幸せが、
公(おおやけ)の幸せにつながるのならば、
宮沢賢治と坂本竜馬のそれぞれの教えを一つにできるのではないか、と」
私が説明のためにノートに書いた「私」と「公」という字を、
清水先生が覗きこみます。
「しかし、そのうちに私は大きな思い違いをしてしまうのです」
顔をしかめる私に、清水先生が先回りします。
「ナニモノか問題ですね」
清水先生がくすくす笑います。
私はため息をつきます。
「そう。何事かを成すには、何者かにならねばならないという
「ナニモノ」という言葉に苦しめられます」
私は眉をしかめてみせます。
「何者にもなれずに死んでゆく、何という無念なことか。
いや、ほとんどの人が何者にもなれずにこの世を去るという、
当たり前のことを、とても残念に思いました」