レジリエンス 4
私はこの文章を2019年の6月現在に書いています。
つまり、
2015年6月の4年後
「5年生存率5%、死亡率95%」宣告が成立しなかった(あと1年ありますが)
時点で、当時を振り返ってこの文章を書いています。
未来のある時点から過去の軌跡を振り返って語るということは、
死という到達点から自分の人生という物語を語るということと同じことでしょう。
清水先生の「死にざまは生きざまに通じると思いませんか?」という問いかけから
死者が生前の自分の「物語」を語るという演劇
世界文化遺産でもある日本古来からの芸能である能楽を思い起しました。
夢幻能とよばれる能楽のほとんどの主人公は死者です。
死者は「死によって完結した自分の物語」を語るために舞台に現れます。
ということは、
死なない限り、自分の物語は完結することはない
という逆説もつくることができるかもしれません。
「日本古来の死生観とはどんなものなのだろうか?」
私は『死』という「わからないもの」「知らないもの」を知ることで
自分に訪れる(と、当時は信じていた)死を受け容れようとしていたのかもしれません