レジリエンス外来.8
「どのようなご家族(ご両親)のもとに生まれどのように育てられましたか?」
私は第1問のさらに入口ともいえる両親、
特に父親への思いにとらわれました。
私は父のように死にたかった。
ということは、
父のように生きたかった。
ということになります。
父は寝たきりになった母をひとりで介護しました。
透析にもひとりで連れて行って、
ヘルパーさんなどを家に入れることもせずに
おそらく、母がその望んだからですが。
最期まで母を介護して看取りました。
そして、自分は介護も受けずに、
ひとりで入院して、
ひとりで手術を受けて、
最期は病院で逝きました。
子どもたちには、一切迷惑をかけませんでした。
迷惑どころか、子どもたちを心配してくれていました。
子どもたちには、家と墓を残して逝きました。
そんな父のように死にたいと思っていました。
だから私は「穏やかに死を迎える準備ができている」つもりでいました。
このまま死ねば、子どもたちのお荷物になることはない。
そう思っていました。
たくさんの人に見送ってもらえる自分を、
幸せだと思っていました。
当時の私にとって「5年以内に95%の確率で死ぬ」ということは、けして悪いことばかりではなかったのでした。
レジリエンス外来の入口で、
「私は父のように死にたかったんだ」
と、自分が思っていたことに気がつきました。