「人生でほんとうに大切なこと」 精神腫瘍医との対話

「5年生存率5%」のがん患者が、がん専門の精神科医と共に歩んで来た「絶望の淵から希望の星まで」の道程

レジリエンス外来.25

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ワークシート2 問1

病気がわかったとき(告知を受けたまさにそのとき)はどのように考えて、どのような考えが浮かびましたか?

告知を受けたのは、最寄りの総合病院でした。

止まらない咳、続く微熱、左胸の痛みに、会社を午前中だけ休んで、つまり、午後は出社するつもりでその病院を受診しました。

肺炎を疑って様々な検査を受けた末に、CTの画像を見て言われました。

「肺がんですね。これだと、5年生存はよくて2割でしょう」

まずは会社に、午後も休む旨を伝えます。

「肺がんとのことです。今日は午後も休みます」

なにしろ「実写版」ですから、

ドラマのような展開にはなりませんでした。

2015年の6月24日のことでした。

「病気がわかったとき」浮かんだ考えは、

「死ぬのならば、その準備をせねばなるまい」

ということでした。

繰り返しますが、実写版ですから。

家族のこと、妻や子供たちの行く末。

仕事のことを整理。

大切な人たちへのいとまごい。

そんなことを指折り考えていました。

まさかその日、「肺がんです」と告げられるとは、

思いもしませんでした。

混乱していたのだと思います。

混乱していたので、とりあえず、取り乱したり、悲嘆にくれることもなく家路に着きました。

問い1の答え。

「死ぬんだ、と思いました」

清水先生と稲垣先生は、私のこの答えを既に知っていました。