「人生でほんとうに大切なこと」 精神腫瘍医との対話

「5年生存率5%」のがん患者が、がん専門の精神科医と共に歩んで来た「絶望の淵から希望の星まで」の道程

コントレイル82

人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話

 「千賀さんの精神状態が落ちついた頃の様子を話していただけますか?」

  病気について他人と話すことが久しぶりな上に、zoomというTV会議越しであったことからか、私は少し緊張していました。

「治療が、治験も含めた治療が全て終わった頃、酷く痛むようになったんです。その頃ですかねえ」

 そう回答しながら、私は別のことを考えて言いました。 

 もしかしたら、身体の痛みのお陰で、精神の痛みが落ち着いたのかも知れない。

 そして、あの本に出会った頃、私の精神は、適応障害のような状態から抜け出したのかも知れない。

 私の頭の中では、

人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話

の中の私と清水先生との会話が蘇っていました。

 

「先生、最近、恩田陸さんの「夜のピクニック」という本の中に

 “今は今なんだと。今を未来のためだけに使うべきじゃないと。“

   という一行を見つけましてね」

「深いメッセージですね」

「これまで。未来につなげる今にしたい、と思ってずっと生きてきたんです。

 でも。“おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから。あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。“

 と書かれていて、本当にその通りだな。って思ったんですよね」

「なるほど」

 

稲垣麻由美さんの著書の中ではここまでの引用です。

しかし、その前後に、私の精神を落ち着かせる一節がありました。

 

それは、「時間」についての一節です。

時間の感覚というのは、本当に不思議だ。

あとで振り返ると一瞬なのに、その時はそんなにも長い。一メートル歩くだけでも泣きたくなるのに、あんなに長い距離の移動が全部繋がっていて、同じ一分一秒の連続だったということが信じられない。

 それは、ひょっとするとこの一日だけではないのかも知れない。

 濃密であっという間だったこの一年や、ついこの間入ったばかりのような気がする高校生活や、もしかして、この先の一生だった、そんな「信じられない」ことの繰り返しなのかも知れない。

 恐らく何年も先になって、やはり同じように呟くのだ。

 なぜ振り返った時には一瞬なのだろう。あの歳月が、本当に同じこと一分一秒毎に、全て連続していたなんて、どうして信じられるのだろうか、と。

 

この「時間」について「ため息」が、私に「この世」の時間を考えさせるきっかけになったのでした、

 

夜のピクニック(新潮文庫)