「人生でほんとうに大切なこと」 精神腫瘍医との対話

「5年生存率5%」のがん患者が、がん専門の精神科医と共に歩んで来た「絶望の淵から希望の星まで」の道程

2020-01-01から1年間の記事一覧

コントレイル.84

自分にとっての「人生でほんとうに大切なこと」を、ようやく言語化できた時のことは、よく覚えています。 それは、去年の年末のこと、一年の最後の清水先生の外来の時間でした。 「先生、私の「ほんとうに大切なこと」というのは、「私の機嫌が良い」という…

コントレイル.83

清水先生と死生観について考えている時に出会った恩田陸さんには、 その他の作品でも「お世話になる」ことになります。 まさに、「夜のピクニック」の中の一節の通りに、 「もっと早く出会っていれば…。」 とも思われますが、「ちょうど良い、出会うべき時」…

コントレイル82

「千賀さんの精神状態が落ちついた頃の様子を話していただけますか?」 病気について他人と話すことが久しぶりな上に、zoomというTV会議越しであったことからか、私は少し緊張していました。 「治療が、治験も含めた治療が全て終わった頃、酷く痛むようにな…

コントレイル81

「人は死んだらどこにいくのだろう?」 そんなことに思い巡らせていた私は、清水先生とのカウンセリングを受けながら自分の中を深く深く降りてゆくうちに、なんとなく「回答」のようなものに気づきます。 自分の存在が消えても、確実に受け継がれていくもの…

コントレイル80

痛みに耐える。 日本人の美意識としては、「さようならば」と、痛みに耐える姿こそが、美しいとされます。 昨日、私は顎の痛みで口が開きませんでした。 痛みに耐える。 ↓ 歯をくいしばる。 ↓ 眠っているうちは、歯ぎしりしてしまう。 ↓ 顎が痛くなる。 とい…

コントレイル79

消えた痛みはどこへゆくのか? 「僕たちは、この病院では、いつもは「治らない方」に医療麻薬をお出しします」 国立がん研究センター中央病院の緩和ケア担当医は、とても穏やかに話をしてくれます。 がんが不治である場合には、QOLつまり、患者や家族の「残…

コントレイル78

私は清水先生とで「人生でほんとうに大切なこと」つまり「人の本来の幸せとは何か」ということについて語り合います。 その中で「今」「今日」という言葉がキーワードになります 色は匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔…

コントレイル77

この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫に鳥にも吾はなりなむ 生ける者 つひにも死ぬる者にあれば この世なる間は 楽しくをあらな (大伴旅人<万葉集>) この世が楽しければ、来世は虫や鳥でも構わない。 どうせ死ぬのであれば生きている間は楽しみたい。 …

コントレイン76

私は「わからないことは怖い」→「わかれば怖くなくなる」という仮説から、 「死」についての知識を習得することを思いつきました。 もちろん、清水先生の「死生観」という言葉がきっかけとなったことは間違いありません。 しかし、世界には、私たち日本人と…

コントレイル75

日本人には固有の死生観がある。 「死について、知らないから怖い」…。のであれば日本人の固有の死生観を知識として知ることで、宗教や信仰に頼ることなく、知性的に死を怖がらなくなるのではないか。 私は自分が立てた、上記のような「仮説」に対して、その…

コントレイル74

この痛みの原因は、転移ではないことから、放射線治療や抗がん剤治療によって寸断された神経や侵された神経が痛むのであろう、ということになりました。 その結果が分かるまでは半年程度かかりました。 ちなみに、その痛みは、5年後の2020年6月現在まで続い…

コントレイル73

「わからないことは、怖い」 このことは、全てのことに通じるかも知れません。 現在、世界に蔓延する「コロナ禍」も、相手が「未知のウイルス」という「わからない」 ことが、人々の恐怖を増幅しているようにも思えます。 当時の私が「わからない」ことは、…

コントレイル72

ここで、当時の私に対する清水先生のアプローチを振り返ってみます。 人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話 の中で、著者の稲垣麻由美さんが「第七話 がんになったおかげで生れ変わることができた」 では、私が精神腫瘍科…

コントレイル71

「死生観」という清水先生の言葉から私が思い浮かべたのは、能・謡曲のことです。 この事は、「人生でほんとうに大切なこと」稲垣麻由美著にも記されています。 人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話 親友に能楽師である…

コントレイル70

━100万年も しなない ねこ が いました。 100万回も しんで 100万回も 生きたのです。 という文で「100万回生きたねこ」は始まります。 ねこが死んだ時、ねこを可愛がっていた100万人の人たちは泣きましたが、 ねこは1回も泣きませんでした。 ねこは様々な人…

コントレイル69

竹内整一氏は、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」も、この著書の中で紹介しています。 かつて、我が家の本棚にあったこの絵本は、子どもたちの成長と何度かの引越しのために無くなっていました。 我が家の全員が読んでいた絵本ですが、私だけはその内容を…

コントレイル68

世界には、様々な別れの言葉がある中で、「さようなら」という別れの言葉は、 これまで生きてきた「生」を 「さようなら(さようであるならば)」と、立ち止まり確認し終えて、 これからの「死」を死んでいく。 という、日本人の特有な「死生観」を示してい…

コントレイル67

清水研先生と「日本人の死生観」を語る時、私はたまたま入院する時に手にしたこの本について話しました。 別れの言葉は、3つのタイプに分類されるようです。 ⑴神があなたと共に(Good-bye.Adieu,Adios) ⑵再会の約束(See you again,再見) ⑶お元気で(Farewe…

コントレイル66

あめゆじゆ とてちて けんじや けんじ兄ちゃん みぞれをとってきてちょうだい 宮沢賢治の「永訣の朝」の一節です。 宮沢賢治の妹(とし子)が死の床にいる。 けれども、賢治には妹に何もしてあげられない。 そんな賢治に、妹は「みぞれをとってきて」と頼み…

コントレイル65

┿痛みを薬でコントロールすることへの抵抗感 稲垣麻由美さんの著作「人生でほんとうに大切なこと」(KADOKAWA)の第七章に、鎮痛剤についての記述があります。 この中に、 「薬で消えた痛みは、どこに行くのか」 という私と清水先生との問答があります。 痛…

コントレイル64

がん宣告に伴って「五年生存率」というものを伝えられる場合があります。 「五年生存率」は、腫瘍の位置や転移の場所などで過去のデータから算出される、いわゆる統計値です。 この統計値に、がん患者が苦痛を覚えることは本当にたくさんあります。 例えば …

コントレイル63

清水研さんの朝日新聞での連載が始まりました。 世界的なコロナ禍とは、 死を遠ざけてきた現代人に対して、 死なないつもりで生きている現代人に対して あらためて「死の存在」を意識させるものなのかもしれません。 そんな中、「心に蓋をしない」と説く清水…

コントレイル62

「人生でほんとうに大切なこと」 この本は、文筆家の稲垣麻由美さんが 「医師でもなく、患者でもない」 という立場で、 「物語」➕「コラム」というフォーマットを用いて、 「がん専門の精神科医」である精神腫瘍医 という存在を紹介する 作品を上梓してくれ…

コントレイル.61

清水研先生から、国立がん研究センター中央病院を辞されことを、2019年の年末に知らされました。 「清水先生は私の命の恩人です」 清水先生と出会う前の私は、 死を受け入れることばかり考えていました。 来年の事業計画。 定年後の暮らし。 東京2020 それら…

コントレイル.60

当然のことですが、私は一人の肺がん患者でしかなく、 がん患者を代表する者などではありません。 また、患者会などにも属してはいないので、 私が知るがんの情報は乏しいものでしかありません。 しかし、清水研さんは、 日本の臨床精神腫瘍学を代表する医師…

コントレイル.59

「花とは、咲くによりて面白く、散るによりてめづらしき也」 能楽を大成した世阿弥の言葉です。 花が咲くことと散ることを一対に語っています。 この言葉は、「世阿弥の美学」をあらわしている。 そう、伝えられています。 しかし、私は思うのです。 この言…

コントレイル.58

「日本を取り囲むさまざまな民族でも、 死ねば途方もなく遠い遠い処へ旅立ってしまうと いう思想が、おおよそはいきわたって居る。 独りそういう中に於いてこの島々にのみ、 死んでも死んでも同じ国土を離れず、 しかも故郷の山の高みから、 永く子孫の生業…

コントレイル.57

私は自分自身が「がん宣告」を受けて、精神的に適応できなくなった経験から、 「がん専門の精神科医」ともいえる「精神腫瘍医」の存在を多くの人に伝えたいと思いました。 一般の精神科医ではなく、 がんという病気、その治療と治療によって起こる心身の変化…

コントレイル.56

「人間は、一日一日をよく生きながら、しかも同時に、 つねに死に処する心構えの用意を続けなければならない。 私は、生命をよく生きるという立場から、 死は、生命に対する「別れのとき」と考えるようになった。 立派に最後の別れができるように、平生から…

コントレイル.54

人は死んだらどこに行くのだろう? 病気になった私は、死を受け容れることで苦しみました。 そんな私は、清水先生に出会って、それまでとは異なる世界へと展開することになりました。 清水先生から、「死生学」というキーワードを教えていただいたことで、私…